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中国共産党と中国人の信仰は相容れない

1楼 · 楼主 作者:反抗軍 投稿日時:2024-07-09 03:56 回复:0 浏览:14 本文链接:fanzei.net/d_22223l

河南が大旱魃に見舞われ、現地の農民たちは天に雨を祈り始めた。この河南省の素朴な農民たちを文化がなく、封建的な迷信活動を行っていると嘲笑う者もいる。しかし私に言わせれば、これはまさに中国の最底辺の民衆が、中国人にとって最も素朴な信仰である「天」をまだ失っていないことの証明ではないだろうか?もし本当に中国共産党に徹底的に洗脳されているなら、彼らは共産党や習近平に向けて雨を祈るはずである。中国人には信仰がないという説がずっと存在している。だがそれは実際には間違いであり、中国の庶民はいつの時代も「お天道様」を信じている。困ったときの神頼みならぬ、お天道様頼みである。中国人の神は一柱ではなく、数多く存在する。万事を司る者は玉皇大帝と呼ばれる。もし誰かが天地を揺るがすような偉業を成し遂げ、民衆に認められたならば、民衆はその人物を神壇へと招き入れる。例えば、関羽は義理堅い人物であったという理由で、中国の民衆によって廟の中に祀られている。したがって、「義理」こそが中国人の信仰であり、信条なのである。

一方で、ソ連のコミンテルンが育成した中国の植民地代理人である中国共産党は、最初から悪事の限りを尽くしてきた。中国の庶民の言葉で言えば、それは「天の道に背く悪行(喪尽天良)」である。天の道に背くということは、民衆のお天道様と敵対することであり、中国人の信仰とは完全に相容れないということである。

中国共産党とその指導者たちがこれまで何をしてきたのかを見てみよう。

1947年、東北人民解放軍が長春の周辺に到着し、「囲んで攻めず」という戦略を選択した。その中の6月28日の包囲戦に関する政治工作会議において、包囲戦指揮所は「敵に一粒の米も一本の草も与えず、長春の蒋介石匪賊軍を城内に閉じ込めて干からびさせる」というスローガンを打ち出した。その結果、数十万に及ぶ長春の軍民が餓死に至ったのである!第二次世界大戦中にドイツが設立したナチスの強制収容所では、毒ガスによって人を殺害したとはいえ、殺害する直前までユダヤ人への食料の供給を完全に断つことはなかった。都市の住民が飢え死にするのを目の当たりにしながら、これほど悪辣で冷酷な心を持ち合わせているのは、中国共産党をおいてほかにない。興味深いことに、現在の中国共産党は、自らが支援する邪悪なテロ政権ハマスを救済するため、ガザ地区へ救援物資を送るべきだと日夜訴え続けている。お前たちがかつて長春(※原文では長沙と誤記)にいる自分たちの同胞を包囲したとき、どうして良心が目覚めず、城内の庶民に救援物資を送るよう要求しなかったのか?

失礼、うっかり言い間違えた。包囲したのは長春の中国軍民であり、同胞ではない。なぜなら中国共産党は最初からコミンテルンの犬だからだ。

国共内戦といえば、中国共産党が採用したもう一つの天道に背く非道な手段、すなわち一般民衆に裸で突撃を強要し、国民党軍の弾丸を防ぐ人間の盾として使ったことについて触れざるを得ない。

国共内戦中の国軍第74師第51旅の老兵が、死の直前に公開した貴重な歴史的写真がある。写真の時期は1946年で、説明によると「2・29会戦」のものであるという。これは小さな戦闘にすぎなかったかもしれないが、この写真が記録しているのは、中国共産党が地主の若い妻たちに衣服を脱がせて裸で突撃させ、追い立てている姿であり、あまりにも衝撃的である。この写真は保存状態があまり良くないものの、前方にいる白く浮かび上がるいくつかの胴体が裸の地主の若い妻たちであることが依然として確認できる。その後ろには銃を構えた共産軍の兵士たちが彼女たちを指し示している。

中国共産党が民衆を駆り立てて突撃させたのは一度や二度ではなく、日常的な戦術であった。国軍第74師だけでも一度や二度ではない遭遇をしている。歴史家の辛灝年は1980年代当時、中国共産党済南軍区の老軍官と会話をしたことがある。その老軍官が彼に語ったところによると、孟良崮戦役の際における悲惨な出来事があったという。孟良崮の山腹で、共産軍が初めて突撃を行った際、国軍が目撃したのは老人たちの群れだった。国軍の機関銃手が最初の掃射を行った後、射撃を停止した。なぜなら、手ぶらの老人たちを機関銃で掃射することはできなかったからである!辛灝年によると、これらの老人たちはすべて中国共産党によって「地主・富農・反革命」と見なされた人々であった。共産党が二度目の突撃を仕掛けてきたとき、機関銃手は引き金を引いたものの、やはり射撃することができなかった。なぜなら、そこにいたのは子供たちの群れであり、共産党が「地主・富農の子供」と定めた者たちだったからである。そして共産党の三度目の突撃は、一面の白いシーツの波であった。まさに撃とうとしたその時、白いシーツが消え去り、現れたのはすべて裸の若い女性たち、すなわち「地主・富農」の娘や嫁たちであった。国軍は銃を投げ捨てて戦うのをやめた。目の前にいるのは皆、同じ中国人なのだから。

「天道に背く(喪尽天良)」とは何か?これこそが天道に背くということである。共産党は中国の民衆を人間として扱ったことは一度もなく、ただ利用可能な道具として扱ってきたにすぎない。戦争時には人間の盾や弾丸の消耗品として扱い、平時には庶民を刈り取るべき「ニラ」や臓器のファームとして扱ってきた。毛沢東はこう言った。「中国の6億人のうち、半分が死んでもまだ3億人が残っている。誰を恐れる必要があるか!」見てみるがいい。中国共産党の指導者の目から見れば、中国人は単なる数字であり、最初から砲灰(捨て駒)として予定されている存在なのだ。どうせ彼らはとっくに自分たちのために深く頑丈な防空壕を掘っており、死ぬはずがない。こうした言葉は、彼らが銃を突きつけている地主や富農であっても口にできないものだが、彼らはそれを平然と、堂々と言い放つ。中国共産党をテロ組織と呼んでも、決して過言ではない。

外部からの侵略者である中国共産党がやろうとしていることは、中国の伝統文化を破壊し、中国民衆の素朴な信仰を破壊し、彼らの邪悪な「党文化」を中国において癌のように蔓延させることである。中国人が旧正月に爆竹を鳴らせば、彼らはそれを禁じた。中国人が「土に葬られて初めて安らかに眠れる(入土為安)」と言えば、彼らはそれを禁じた。中国人がお天道様や土地公、海神娘娘を拝むことに対しても、すべて「封建迷信」という大いなるレッテルを貼り、文化大革命のような中国共産党にしか生み出せない邪悪な運動の時期が訪れると、レッテルを貼られるだけでなく、殺害される危険さえ招くことになった。

マオ(毛沢東)が発動した文化大革命は、まさに「喪尽天良(天道に背く)」という四文字を極限まで体現したと言える。子供が実の両親を密告し、生徒が自分の教師を縛り上げて殴打し、吊し上げた。運動が最高潮に達すると、学校の校庭で校長や教師を直接殺害して焼き、食らうことさえ平然と行われた。今日私たちが目にする、ハマスが10月7日にイスラエルを急襲して引き起こした非人間的な蛮行には、十分すぎるほどの衝撃と怒りを覚える。だが、もし毛沢東が発動した文化大革命の最中に起きた出来事をハマスのテロリストたちに聞かせたら、彼らであっても顎が外れるほど驚愕するに違った。これほどまでに人間を洗脳し、一片の人心をも持たない存在に変えてしまうとは、いったいどれほど恐怖に満ちた邪悪な組織なのだろうか?

中国共産党の歴史とは、欺瞞の歴史である。彼らが革命を起こしていた時期には、将来は共産主義国家を建設し、地主の手から奪った土地を農民に分配し、民衆に「立ち上がらせ」、万人平等を実現すると謳っていた。楊白労が黄世仁に搾取されなくなり、喜児が黄世仁に強奪されることもなくなると約束した。しかし、いざ彼らが政権を握るやいなや、当時農民の兄弟たちを煽り立てて蜂起させたはずのこれらの約束は、すべて反故にされたのである。

共産党支配下の中国に比べれば、黄世仁など一体どれほどのものだというのか?大躍進の時代のいわゆる「三年大飢饉」のとき、初心な処女の身を差し出すことと引き換えに得られるのは、命をつなぐための蒸しパン一個だけであった。下放の時代、女性知識青年たちは村の共産党幹部から農村を離れるための通行証一枚を手に入れるために、自らの処女の身を差し出すしかなかった。

現在の農民の年金は月額わずか100元である一方、彼ら特権階級の退職金は1万元を超え、さらにICUに無料で常駐し、無限の臓器交換によって命を永らげている。これが彼らの言う「平等」なのだ。なるほど、彼らは「万人平等」としか伝えておらず、後半のフレーズ——「お前たちは人間に入らない」——については教えてくれなかったというわけだ。

『白毛女』のテーマは「古い社会は人を鬼に変え、新しい社会は鬼を人間に変える」であった。しかし、中国共産党は地主の若い妻たちを自分たちの盾に変えることに成功し、本来は師を敬うべき学生を校長や教師の肉を殺して食べる者に変えてしまった。なんと恐ろしいことか!

毛沢東がアメリカの原子爆弾を借り受けて3億人の中国人を爆殺し、世界覇権の野望を実現しようとした計画は実現しなかったものの、結果として3000万人以上の中国人を餓死させることに成功した。中国共産党は本気で中国人に対して恨みを抱いているとしか思えない。当時、外国から支援された食糧を積んだ船はすでに現地へ向けて出発していたにもかかわらず、あの狂人である毛沢東は「我が国に飢饉は起きていない」と言い放ち、食糧船の進路を変えて他の国へ送らせてしまったのだ。自らの統治能力のなさを隠蔽するためだけに、彼は数千万人の中国人を餓死させるという代償を払うことすら厭わなかったのである。これが果たして、真の中国人になし得る所業と言えるだろうか?植民者、それも外部からやってきた人間性のかけらもない植民者だけにしか、このような真似はできない。私は信じている、ひざまずいて天に向かって雨を祈るいかなる中国の老農民であっても、このような所業を決して行うことはないだろう。

共産党には中国人の素朴で善良な信仰がない。彼らはお天道様を信仰しないばかりか、天と闘い、地と闘うことさえ行い、それを「この上なく楽しい」とさえ感じているのだ。彼らは本当に狂っている。

見てみるがいい、その狂気が現実となって襲いかかってきた。

武漢肺炎(新型コロナウイルス)の流行により、中国の庶民は彼らが言う「天と闘い、地と闘う」偉大な成果を身をもって思い知らされた。都市封鎖(ロックダウン)、静黙化、病院はもはや病人を救わず、目の前で病人が死んでいくのを手をこまねいて見過ごし、出産を控えた母親が病院の門の前で倒れても受け入れようとしない。道路を封鎖し、あらゆる経済活動を断絶させ、人と物資の流通を遮断する。家々のドアは針金で縛られ、電気溶接で完全に塞がれ、不運な者は火災で焼き殺され、幸運な者は徐々に餓死し、気の小さい者は恐怖で狂気に陥り、勇敢な者は窓から飛び降りた。もう西暦2022年だというのに、『大憲章(マグナ・カルタ)』が出てからすでに800年が経過し、産業革命からも300年が経ち、ロンドンの地下鉄の開業からさえもうすぐ200年になろうというのに、お前たちは未だに針金で庶民の家のドアを縛り付けているのだ!これが、お前たちの言う「天と闘い、地と闘う」ことの正体なのだ!

『大憲章』といえば、我が習主席に触れざるを得ない。そうだ、『大憲章』が発表されてから800年が経った今、我が習主席は再び中国で即位したのだ!皇帝として即位しただけでなく、全世界の目の前で、自分の前任者である胡錦濤を会場から連れ出したのである!まさに実際の行動をもって中国の伝統文化に逆らう闘いを実践していると言えよう。中国の新皇帝が即位する際、先代の「皇阿瑪(父上)」を力ずくで連れ出すような作法など存在しない。

毛沢東が3000万人を餓死させ、鄧小平が天安門事件の大虐殺を引き起こし、江沢民が法輪功迫害を行った後、中国共産党の歴史上において最も教養のない指導者が権力の座に就いた。彼は権力の座に就いただけでなく、なんと憲法を

憲法、再任だ。私は、世界中の脚本家でもこんな脚本を書く勇気はないだろうと思う。

これらすべてを目にして、中国人は怒った。彼らは連れ立って川に身を投げ、中国共産党の支配する汚れた社会でこれ以上生きたくないと思った。わけもわからず死ぬことを望まない人々は、社会への報復を選び、自動車を運転して、同じくわけもわからず生きている無辜の人々に向かって突っ込んだ。

私たちがこれらすべてを見てさらに首を振っているとき、ついに、希望が現れた。

彼らはもう自殺せず、無辜の人々を無差別に殺さず、これらすべての引き金となった中国共産党の統治グループに対して攻撃を開始したのである。彼らは正気であり、勇敢であった。彼らが車で突っ込んだのは無辜の一般市民ではなく、中国共産党統治グループの手先や暴漢であった。彼らは警察官を殺し、村の役人を殺した。

彼らが他の誰よりも勇敢でいられたのは、彼らが依然として真の中国人であり、彼らの心の信仰が「お天道様(天)」だからである。

彼らは自分たちが正義であることを知っている。なぜなら、自分たちはお天道様のために事を成しているからだ。

お前は誰の供をしてるんだ?

お天道様さ。

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